運転する喜び
20代の時は何故か車の運転を恐れていたし、嫌がっていた。それは恐怖心もあったし車を運転することで普通の大人になると思っていたからだ。
恐怖心は父親からのものだ。父親は私には車を運転させなかった。危ないというのが理由だ。
今考えてみると温和で運動神経も普通の一般男子だった私が運転することは決して危ないことではなかったと思う。
もちろん最初は危ないだろう。だけどそれは誰でも最初は危ない。慣れていくものだ。
父親が私を大切にしていた、いや大切にしすぎていたのだろう。
運転と普通の大人が=であることはなかなか理解し難いと思う。それは私が本田健氏の本にハマっており大金持ちになりたいと思っていたからだ。
本田健氏の本には金持ちの話が沢山書かれており一時期どっぷりハマった。
そこには金持ちは運転をしない。車は負債であるとよく書かれておりそれに影響された。
仕事柄20代の後半でどうしても車に乗る必要性が出てきた。
最初は恐怖していたが乗るうちに自由を感じるようになった。
車では自分が思っているより遠くへ行ける。その自由さや行動範囲の拡大が自分を大人に変えていった気がした。
今はまだ車を持っていないが、いつか自分の車でいけるところまで行ってみたい。
そして自由には責任も伴う。安全運転で行きたい。
- 作者: 徳大寺有恒,穂積和夫
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