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uta3daysのブログ

自分の体験や興味あるものをつらつらと書いています

ニート時代の悪行

本当に自分がやりたい仕事につくためにニートを2年間ほどしていた。実際はぐだぐだと1人考えぬくぬくと実家暮らしをしていただけなんですがね。そんなニート時代を回顧しつつ懺悔の気持ちも含め悪行を書いていきたい。

父親が用意した面接をドタキャン

いやークズですね。息子がニートをしていると親は心配をします。夏に海に行ったら焼きそばが食べたくなるくらい当たり前のことです。息子を心配する親は会社の関係者に頭を下げて面接の機会を作ってくれました。バカな僕はそんな親の苦労も知らずに面接を当日にドタキャン。自分のしたい仕事しかしたくない!となぞの信念を通して逃亡。もちろん親にブチ切れられましたが逆ギレして家出(2日後ぐらいにシレッと戻りました)この面接ドタキャンはなかなかの悪行だったと思います。

親に心配をかける

これはある一定のことをしたというかニート時代そのもののことですね。大学も卒業した息子が家でゴロゴロ。アルバイトさえもしない。そしてなぜ働かないのか聞いても答えない。不安だったろうと思います。それでもすぐに働かせようだとかプレッシャーをかけることなく見守ってくれていたことには本当に感謝しています。何も言わずに見守ることが1番大変だと思うからです。

東日本大震災の時も何もせず

あの東日本大震災の時も家にいました。津波で流されて行く家がまるで映画のようだったことを覚えています。本当にその時は家でゴロゴロしているだけだったのでボランティアなどにも行けたのですが行くこともありませんでした。多くの人が家を失い苦しんでいる時に家でゴロゴロして自分のことばかり考えている。ベクトルが全て自分に向かっていました。

悪行まとめ

このように親に迷惑をかけ、多くの人が困難な状態にある時に家でゴロゴロしている。本当にベクトルが全て自分に行っている時代でした。でもあえて言わせて頂くとニート時代もそれなりにキツかった。迷路に迷い込んだような、膨れ上がる自意識に社会の圧力。目に見えないそれらに押しつぶされそうで、だけどどうにか抜け出したくて。でもそれは表面化せず他者には理解されず自分自身でも整理が出来ない。それはなかなかタフなことでした。それは親も同じことで親のほうがキツイ時代だったと思います。

どうやってニートを辞めたか

このようにして様々な悪行を積んできました。
親には本当に心配とご迷惑をかけました。この場をお借りして謝りたいと思います。
東日本大震災の時は人間いつ死ぬかわからないから行動しなければ!と思っていたが1週間後には元の思索するニートに戻っていました。
そんな生粋のニートだった僕がどうやって袋小路を抜けたか、ニートを脱出できたかを次は書きたいと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。

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